プレスカメラとして有名なスピードグラフィックの歴史は1912年までさかのぼります。 トップハンドルとして知られる初期の型にはフィルムサイズが四種類、1/10ー1/1000、Tのシャッタースピードを 備えていました。グラフィックスプリングバック、ワンタッチで開く前蓋、など距離計こそ無かったのですが ほぼ戦後の型までつづく形をしています。 カメラ上部にキャリングハンドルがついていますのでこの名称があります。 このころはプレスカメラとしての人気はありませんでしたが、1928年の4X5プレアニバーサーリースピードグラフィックからその地位を確立していきます。これはコダックまたはシュナイダーのレンズを装備、ファインダーが上部につきキャリングハンドルはサイドにうつされました。このときから蛇腹もテーパー状からストレート、距離計も装備され戦後の型と基本において変わらなくなります。 この後、リボルビングバックスピードグラフィック、ミニチュア、アニバーサリー、ペースメーカー、クラウン、センチュリーと生産され、1958年にはスーパーグラフィックとして最終型がつくられます。カメラボディも木製から金属製となり大変洗練されたましたが、アオリ機能も初期からと変わるものではありませんでした。 従来、極めて丈夫でシンプルな道具として報道の世界で重宝されたカメラでしたがフィルムの進歩とともに35ミリカメラにその座を譲っていきました。そのシンプルさと丈夫さゆえ現在でも4X5サイズで手持ち 撮影できる数少ないカメラとして風景写真などの世界で珍重されています。 なお最後のスーパーグラフィックはのちに日本の酒井特殊カメラ製作所によりトヨプレスとしてライセンス生産されました。 ここでは使いやすいグラフレックス社最終型のスーパースピードグラフィックを取り上げます。このタイプから金属ボディとなりリボルビンググラフロックバツク付きで画面縦横の切り替えがワンタッチでできます。Grafrex-1000シャッターがGRAFLEX OPTAR 135mm Rodenstock F4.5に装着されシャッターチャージが迅速におこなえます。 このシャッター付きレンズは270mm/f6.5 Tele-Optarでも供給されました。